
北関東のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法
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北関東のベンチャー企業が急成長期に人事制度を整える方法
「制度なんて後回しでいい。まず売上を作ろう」——北関東のベンチャー企業の創業者から、何度もこの言葉を聞きました。その気持ちはよくわかります。社員が10人、20人の段階では、社長が一人ひとりの顔を見て、直接コミュニケーションを取りながら組織を回すことができます。評価も報酬も、社長の感覚と裁量で決めてしまえる。制度がなくても、何とかなる。
しかし、社員が30人を超え、50人に近づくあたりから、「何とかなる」が「何ともならない」に変わります。誰がどれだけの成果を出しているかが見えにくくなる。「あの人のほうが給料が高いのに、自分のほうが頑張っている」という不満が出始める。評価基準が不透明で、昇給・昇格の理由がわからない。優秀な人材が「この会社では自分の成長が見えない」と感じて辞めていく。
北関東にも、つくばエクスプレス沿線の研究開発型ベンチャー、高崎や宇都宮のIT企業、製造業からスピンアウトしたスタートアップなど、成長著しい企業があります。こうした企業が急成長期に直面する最大の人事課題は、「制度が成長に追いつかない」ことです。今回は、北関東のベンチャー企業が急成長期に人事制度をどう整えていくべきかを考えます。
なぜベンチャーの人事制度は後回しになるのか
ベンチャー企業で人事制度が整備されない理由は、いくつかあります。
理由1:目の前の事業に集中するため。
ベンチャーにとって、最優先は事業を軌道に乗せることです。資金調達、プロダクト開発、顧客開拓——やるべきことが山積みの中で、「評価制度を作る」「等級制度を設計する」という作業は、どうしても後回しになります。
理由2:「制度が自由を奪う」という恐れ。
ベンチャーの強みのひとつは、柔軟性とスピードです。制度を整えることで、組織が硬直化し、ベンチャーならではの機動力が失われるのではないか——この恐れは、多くの創業者が持っています。
理由3:人事の専門家がいない。
社員30人以下のベンチャーで、人事の専門家を雇っている企業はほとんどありません。総務・経理の担当者が労務管理を兼ねている程度で、「人事制度を設計する」能力を持った人材が社内にいない。
これらの理由はすべて理解できます。しかし、制度を後回しにし続けた結果、組織が崩壊するベンチャーを私は何社も見てきました。急成長期に人事制度を整備しないことのリスクは、制度を整備するコストよりもはるかに大きい。これは経営判断の問題です。
急成長期に起きる「組織の危機」
社員数が30人から50人に増える急成長期に、多くのベンチャーが経験する「組織の危機」があります。
危機1:「社長の目が届かなくなる」。
社員10人なら、社長は一人ひとりの仕事ぶりを直接観察できます。しかし30人を超えると、物理的に見えなくなる。「あの人は頑張っている」「あの人はサボっている」という社長の感覚が、実態とずれ始めます。
つくば市のあるITベンチャーでは、社員が25人から40人に急増した時期に、「社長が評価してくれない」という不満が一気に噴出しました。社長は「全員をちゃんと見ている」と言いましたが、社員の側は「自分の頑張りが社長に見えていない」と感じていた。この認識のギャップが、評価制度の不在によって生まれていたのです。
危機2:「暗黙のルール」が通じなくなる。
創業初期のメンバーの間では、「うちの会社はこういうもの」という暗黙のルールが共有されています。しかし、新しく入ったメンバーにはそのルールが見えない。「昇給はどういう基準で決まるの?」「評価はいつ、誰が、どうやってやるの?」——当たり前の質問に答えられないことが、新規メンバーの不安と不信を生みます。
危機3:「中間管理職の不在」。
ベンチャーが急成長すると、「社長と現場」の間に立つ中間管理職が必要になります。しかし、マネジメント経験のあるメンバーがいない場合、「プレーヤーとして優秀だった人」がそのまま管理職になり、マネジメントに苦しむことになります。管理職の役割と権限が明確に定義されていないため、「管理職って何をすればいいの?」という状態に陥ります。
最低限整えるべき「3つの制度」
急成長期のベンチャーが、すべての人事制度を一度に整備するのは現実的ではありません。まずは「最低限これだけは」という3つの制度から始めることを推奨します。
制度1:等級制度(グレード)。
社員のレベルを段階的に定義する制度です。「ジュニア」「ミドル」「シニア」「リード」「マネージャー」といったグレードを設定し、各グレードに求められる能力と責任を明文化します。
ポイントは、「シンプルに始める」ことです。最初から精緻な制度を作ろうとすると、設計に時間がかかりすぎて、いつまでも導入できません。まずは4段階か5段階のシンプルなグレードから始め、運用しながら調整していく方が、ベンチャーのスピード感に合っています。
高崎市のあるSaaSベンチャーでは、社員30人の時点で、5段階のグレード制度を導入しました。各グレードの定義は、A4用紙1枚にまとまる程度のシンプルなもの。「グレード3は、担当領域の業務を自律的に遂行でき、後輩の指導ができるレベル」——この程度の粒度ですが、導入前は存在しなかった「自分が今どのレベルにいて、次のレベルに上がるために何が必要か」という見通しが生まれ、社員の納得感が大きく向上しました。
制度2:評価制度。
「何を」「いつ」「誰が」「どのように」評価するかを定める制度です。
急成長期のベンチャーにおすすめするのは、半年に一度の評価サイクルです。四半期ごとでは頻度が高すぎて管理コストがかかり、年1回では変化のスピードに追いつかない。半年に一度であれば、十分な成果を観察でき、かつタイムリーなフィードバックも可能です。
評価の構成は、「成果評価」と「行動評価」の2軸がバランスが良い。「何を達成したか」(成果)と「どのように取り組んだか」(行動・姿勢)の両面から評価することで、短期的な数字だけを追う組織にならずに済みます。
宇都宮市のあるフィンテックベンチャーでは、「OKR(目標と主要結果)」をベースにした半期評価を導入しています。全社OKR、チームOKR、個人OKRを連動させることで、個人の成果が事業目標とどうつながっているかが可視化されます。導入から1年で、「自分の仕事が会社の成長にどう貢献しているかがわかるようになった」という声が増え、離職率が15%から8%に改善しました。
制度3:報酬制度。
等級と評価に連動した報酬テーブルを設定します。「グレード○で評価がAの場合、報酬レンジはいくらからいくら」というルールを明確にすることで、報酬の決定プロセスの透明性が確保されます。
ベンチャーにおいては、固定報酬だけでなく、インセンティブやストックオプションの設計も重要な要素です。ただし、ここで注意が必要なのは、「インセンティブの設計が短期的な行動を促し、長期的な組織の健全性を損なう」リスクです。たとえば、売上連動のインセンティブだけを設定すると、「売上は上がるが、既存顧客のケアがおろそかになる」「品質よりもスピードを優先する」といった弊害が生じることがあります。
制度設計の「プロセス」も重要
何を制度にするかだけでなく、「どうやって制度を作るか」のプロセスも重要です。
経営者がコミットする。
人事制度の設計を、管理部門の担当者に丸投げしてはいけません。特にベンチャーでは、制度は経営者の思想を反映するものです。「どんな組織にしたいか」「どんな行動を評価したいか」「どんな人に長くいてほしいか」——これらの問いに答えられるのは、経営者です。
社員の声を聞く。
制度を「上から降ろす」のではなく、社員の意見を聞きながら設計することで、納得感が高まります。全員にアンケートを取る、各部門のキーパーソンにヒアリングする、制度の草案について意見を募る——こうしたプロセスを挟むことで、「自分たちの制度」という当事者意識が生まれます。
「完璧」を求めない。
ベンチャーの組織は常に変化しています。半年後には事業構造が変わっているかもしれないし、社員数が倍になっているかもしれない。そのような環境で「完璧な制度」を作ることは不可能です。「まず60点の制度を導入し、運用しながら80点に磨き上げる」という姿勢のほうが、ベンチャーには合っています。
水戸市のあるヘルスケアベンチャーでは、「制度のβ版」という考え方を採用しています。新しい制度を「β版」として導入し、3ヶ月の試行期間を経て、社員からのフィードバックをもとに修正する。このアプローチにより、「制度を変えることは失敗ではなく、改善」という文化が生まれ、制度変更に対する抵抗感が小さくなりました。
「評価者」を育てる
制度を作っても、「評価する人」が適切に評価できなければ、制度は機能しません。急成長期のベンチャーでは、マネジメント経験のないメンバーが初めて部下を持つケースが多い。評価者のスキルを育てる取り組みも必要です。
評価者研修の実施。
最低限、以下の内容をカバーする評価者研修を実施します。
- 評価制度の目的と運用ルールの理解
- 評価面談の進め方(フィードバックの技術)
- 評価のバイアス(ハロー効果、直近効果、中心化傾向など)の認識
- 評価シートの記入方法
評価の「すり合わせ」の実施。
評価者によって評価基準がバラバラでは、制度の信頼性が損なわれます。評価確定前に、評価者同士で評価結果をすり合わせる場を設けることで、評価基準の統一を図ります。
土浦市のあるロボティクスベンチャーでは、半期に一度の評価後に「評価キャリブレーション会議」を実施しています。各マネージャーが自チームの評価結果を持ち寄り、「この人のこの評価は適切か」を議論します。最初はお互いの評価基準の違いに驚くことも多かったそうですが、回を重ねるごとに基準が揃ってきたとのことです。
北関東ベンチャーならではの人事制度の工夫
北関東のベンチャーが人事制度を設計する際には、地域特性を踏まえた工夫も必要です。
東京との報酬格差への対応。
北関東のベンチャーは、東京のベンチャーと人材を奪い合う立場にあります。特にエンジニアやデザイナーなどの専門人材は、東京の企業からのオファーと比較されることが避けられません。報酬水準を東京に完全に合わせることは難しいかもしれませんが、「住居費の差」「通勤ストレスの差」「ワークライフバランスの質」など、トータルでの比較ができるような訴求が必要です。
報酬制度においては、「基本給は東京の90%だが、住宅手当を充実させることで実質的な可処分所得は同等以上」といった設計が考えられます。
リモートワークとオフィスワークの両立。
北関東のベンチャーの中には、リモートワークを導入している企業も増えています。リモートワーカーとオフィスワーカーが混在する環境では、評価制度において「成果」の比重を高め、「プロセス」や「勤務態度」に偏りすぎないことが重要です。「見えないから評価できない」ではなく、「見えなくても成果で評価できる」仕組みを作ることが求められます。
地域コミュニティとの接点を評価に組み込む。
北関東のベンチャーが地域に根を張って成長するためには、地域の産業コミュニティとのつながりが重要です。地域のビジネスイベントへの参加、産学連携の活動、地元企業とのコラボレーション——こうした「地域への貢献」を評価項目に含めることで、地域に根ざしたベンチャーとしてのアイデンティティを強化できます。
制度導入のタイムライン
急成長期に制度を整える際の、現実的なタイムラインを提案します。
第1ステップ(1〜2ヶ月目):現状分析と方針決定。
現在の組織の状態を棚卸しし、「何が問題で、何を解決したいか」を明確にする。経営者が「うちの会社はこうありたい」という方向性を示す。
第2ステップ(3〜4ヶ月目):制度のフレーム設計。
等級制度、評価制度、報酬制度のフレームを設計する。社員へのヒアリングも並行して実施。
第3ステップ(5ヶ月目):制度の説明と試行開始。
全社員への説明会を開催し、制度の目的と内容を共有。「β版」として試行運用を開始。
第4ステップ(6〜8ヶ月目):試行運用とフィードバック収集。
実際に運用しながら、課題や改善点を収集する。
第5ステップ(9ヶ月目以降):制度の修正と本格運用。
フィードバックをもとに制度を修正し、本格運用に移行する。
全体で約9ヶ月。ベンチャーにとっては長く感じるかもしれませんが、「制度を入れた結果、組織がガタガタになった」というリスクを避けるためには、このくらいの時間をかけて丁寧に進めることが重要です。
制度は「目的」ではなく「手段」
最後に強調しておきたいのは、人事制度は「目的」ではなく「手段」だということです。制度を作ること自体に価値があるのではなく、制度を通じて「社員が力を発揮しやすい環境を作り、事業の成長を加速させる」ことに価値があります。
北関東のベンチャー企業が急成長期を乗り越え、次のステージに進むために、人事制度の整備は避けて通れません。しかし、焦る必要もありません。「今の組織に必要な最低限の制度」から始め、成長に合わせて制度を進化させていく。その過程で、経営者と社員が「どんな組織を作りたいか」を対話し続けること。その対話そのものが、組織の土台を強くしていきます。
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