
群馬の自動車部品メーカーがEV時代の人材戦略を再構築する方法
目次
群馬の自動車部品メーカーがEV時代の人材戦略を再構築する方法
「エンジン部品の仕事が減ったら、うちの技術者はどうなるんだ」——群馬県太田市のある自動車部品メーカーの社長が、私にそう漏らしたのは数年前のことでした。当時はまだ「EVシフトなんてまだ先の話」と考えている経営者が多かった。しかし今、その「先の話」が現実になりつつあります。
群馬県は、SUBARUをはじめとする自動車産業の一大集積地です。太田市、伊勢崎市、桐生市、前橋市、高崎市——県内各地に、エンジン部品、トランスミッション部品、排気系部品、電装品などを製造する中小メーカーが数多く存在しています。これらの企業にとって、EVシフトは「業界の話題」ではなく、「自社の存亡に関わる構造変化」です。
EV(電気自動車)では、エンジンが不要になります。トランスミッションも大幅に簡素化されます。排気系部品は存在しません。つまり、内燃機関に依存した部品メーカーは、自社の主力製品の需要が縮小していくリスクに直面しています。
しかし、私はこの変化を「脅威」だけとは捉えていません。むしろ、EVシフトは群馬の自動車部品メーカーにとって、人材戦略を根本から見直し、事業を進化させるチャンスでもあります。既存技術の強みを活かしながら、新しい技術領域に対応できる人材をどう確保し、育てるか。今回は、この問いに正面から向き合います。
EVシフトが群馬の部品メーカーに与える影響
まず、EVシフトが群馬の自動車部品メーカーに具体的にどのような影響を与えるかを整理しましょう。
影響1:既存製品の需要減少。
エンジン関連部品(ピストン、シリンダー、カムシャフトなど)の需要は、EVの普及に伴い確実に減少します。ただし、この変化は一夜にして起こるものではありません。ハイブリッド車の需要は当面続くため、内燃機関部品の需要がゼロになるわけではない。問題は、「いつ、どのくらいのペースで減るか」が不確実なことです。
群馬県内のある部品メーカーでは、主力製品であるエンジン用金属部品の受注が、過去3年で15%減少しています。一方で、EV関連のバッテリーケースの試作依頼が徐々に増えている。この「減少」と「増加」のスピードのギャップをどう乗り越えるかが、経営の最大の課題です。
影響2:新たな技術領域への対応。
EVでは、バッテリー、モーター、インバーター、充電システム、熱管理システムなどが主要コンポーネントになります。これらの部品を製造するためには、従来のエンジン部品とは異なる技術が必要です。たとえば、バッテリーケースには軽量化のためのアルミダイカストや樹脂複合材の加工技術が求められ、モーター部品には精密な電磁鋼板の加工技術が必要になります。
影響3:取引先からの要求の変化。
SUBARUをはじめとするOEM(完成車メーカー)は、サプライヤーに対してEV対応の技術力を求めるようになっています。「この部品、EVにも対応できますか?」という問いに「はい」と答えられるかどうかが、取引継続の条件になりつつあります。
人材面で起きている3つの課題
EVシフトに伴い、群馬の自動車部品メーカーが直面する人材課題は大きく3つあります。
課題1:既存技術者のスキル転換。
現在のエンジン部品の技術者が持つスキルと、EV関連部品に必要なスキルには、重なる部分とそうでない部分があります。金属加工や精密加工の基礎技術は共通していますが、電気・電子の知識、樹脂複合材の成形技術、熱管理の設計知識などは新たに習得が必要です。
40代、50代のベテラン技術者に「今から新しい技術を学んでくれ」と言うことへの心理的な抵抗は大きい。「今さら学び直しなんて」「自分には無理だ」——こうした声が出ることは、容易に想像できます。
課題2:EV関連の新規人材の採用難。
電気・電子系のエンジニア、バッテリー技術者、熱設計エンジニア——こうした人材は、全国的に引く手あまたです。東京の大手メーカーやスタートアップとの採用競争の中で、群馬の中小部品メーカーがどうやってこれらの人材を獲得するかは、深刻な問題です。
課題3:事業転換期のモチベーション維持。
「うちの会社はこの先どうなるんだろう」という不安は、社員のモチベーションを蝕みます。EVシフトという大きな変化の中で、社員が将来に対して前向きでいられるかどうかは、人事の重要なテーマです。
既存技術者のリスキリング戦略
最も優先度が高いのは、既存の技術者のリスキリング(学び直し)です。群馬の部品メーカーにとって、長年培ってきた技術者の力は最大の資産です。この資産を「使えなくなった」と切り捨てるのではなく、新しい価値に転換するための投資が必要です。
既存スキルと新規スキルの「棚卸し」。
まず、自社の技術者が持っている既存スキルと、EV関連部品の製造に必要な新規スキルを一覧にして比較する「スキル棚卸し」を行います。
たとえば、金属切削加工の技術者は、加工の基礎原理、材料特性の理解、寸法精度の管理能力を持っています。これらは、EV関連部品の加工にもそのまま活用できます。新たに必要なのは、アルミニウム合金や銅合金の加工特性の理解、電気的な絶縁要件の知識、熱管理に関する基礎知識などです。
こうして整理すると、「ゼロから学び直す」のではなく、「既存の土台の上に新しい知識を積み上げる」ことが見えてきます。この「既存スキルの延長線上にある」というメッセージは、技術者の心理的な抵抗を大幅に下げます。
段階的なリスキリングプログラムの設計。
リスキリングは、一度の研修で完了するものではありません。段階的に進める必要があります。
第1段階(3ヶ月):EV産業の全体像とトレンドの理解。自社事業への影響の共有。「なぜリスキリングが必要か」の腹落ち。
第2段階(6ヶ月):新しい技術領域の基礎知識の習得。外部セミナーやオンライン学習の活用。社内勉強会の実施。
第3段階(6ヶ月〜1年):実際のプロジェクトでの実践。EV関連の試作品製造への参画。OJTを通じた技術の定着。
太田市のある精密部品メーカーでは、このような3段階のリスキリングプログラムを導入しています。特に効果的だったのは、第1段階で経営者自らが「会社の将来ビジョン」を語り、「既存の技術者こそがEV時代の主役だ」というメッセージを明確に伝えたことです。「自分たちの技術が否定されているのではなく、進化を求められているのだ」——この理解が、技術者のリスキリングへの意欲を大きく高めました。
外部との連携によるリスキリング。
群馬県には、リスキリングに活用できる外部リソースがあります。群馬県立群馬産業技術センターでは、企業向けの技術研修を提供しています。群馬大学との産学連携も、新しい技術領域の知見を得る機会になります。また、ポリテクセンター群馬(群馬職業能力開発促進センター)でも、製造業向けの技術訓練プログラムが提供されています。
自社だけでリスキリングを完結させようとすると、リソースが不足します。外部の研修機関、大学、同業他社との合同研修——こうした「学びのネットワーク」を活用することが、中小企業のリスキリング成功の鍵です。
EV関連の新規人材を採用する戦略
リスキリングと並行して、EV関連の専門人材の新規採用も進める必要があります。
「群馬で働くメリット」の訴求。
電気・電子系のエンジニアは東京の企業からのオファーも多い。しかし、群馬で働くことには独自のメリットがあります。
住居費が東京の半分以下。通勤ストレスが少ない。自然が身近にある。そして何より、「自分の仕事が製品に直接つながる」手応えを感じやすい中小企業ならではの環境。年収だけでなく、「生活の総合的な質」で比較すれば、群馬は十分に魅力的な選択肢です。
「技術を極められる環境」のアピール。
EV関連のスタートアップでは、技術者が営業やマーケティングの業務も兼ねることが少なくありません。一方、群馬の部品メーカーでは、技術者が技術に集中できる環境がある。「技術を深く掘り下げたい」という志向を持つエンジニアにとって、これは大きな魅力です。
UターンIターン人材の獲得。
群馬出身で東京の大手メーカーやサプライヤーで経験を積んだエンジニアは、有力なターゲットです。「地元に戻りたい」「家族のために北関東で暮らしたい」という動機を持つ人材に対して、「群馬でもEV関連の最先端の仕事ができる」というメッセージを発信することが重要です。
伊勢崎市のある電装部品メーカーでは、東京のEV関連企業で10年の経験を持つ群馬出身のエンジニアを、Uターン採用で獲得しました。このエンジニアは「東京では通勤に1時間半かかっていた。群馬に戻って車で15分。仕事の質は変わらず、生活の質が格段に上がった」と語っています。この採用の成功は、社内のEV関連プロジェクトの推進力に大きく貢献しています。
技術者のモチベーション維持と将来ビジョンの共有
事業の転換期には、社員の不安が高まります。この不安を放置すると、優秀な人材から先に転職してしまいます。
経営者がビジョンを語る。
「うちの会社は、EVシフトの中でこう生き残る」「5年後には、EV関連売上を全体の30%にする」——こうした具体的なビジョンを、経営者が繰り返し社員に伝えることが重要です。数字で語ることで、社員は「経営者が本気で考えている」と感じます。
「小さな成功体験」を積み重ねる。
EV関連の試作品受注、新しい技術での量産開始、新規取引先の獲得——こうした「小さな成功」を全社で共有し、「自分たちはEV時代にも通用するんだ」という自信を組織に根づかせることが大切です。
高崎市のある金属加工業では、EV用モーター部品の試作に成功した際、全体朝礼で「これが私たちの新しい主力製品です」と社長が発表し、関わった技術者の名前を一人ずつ読み上げて感謝を伝えました。「自分たちの技術が新しい時代にも求められている」という実感が、組織全体に広がりました。
EV時代に求められる「人材ポートフォリオ」の設計
EVシフトに対応するために、自社の人材構成をどう変えていくかを計画的に設計する必要があります。
現在の人材ポートフォリオの可視化。
まず、現在の技術者が持つスキルの分布を可視化します。「内燃機関系の技術者が80%、電気電子系が5%、素材・複合材系が10%、その他が5%」——こうした現状を数字で把握することが出発点です。
将来の目標ポートフォリオの設定。
次に、5年後、10年後にあるべき人材構成を設定します。「内燃機関系50%、EV関連電気電子系20%、素材・複合材系15%、熱管理・設計系10%、その他5%」——こうした目標を設定し、そこに到達するための採用計画とリスキリング計画を策定します。
経営数字と連動した人材投資計画。
リスキリングにも新規採用にもコストがかかります。このコストを「投資」として正当化するためには、経営数字との連動が必要です。
「EV関連の新規受注目標:3年後に年間○億円。そのために必要な技術者:○名。リスキリング対象者:○名、新規採用:○名。投資総額:○万円。期待されるリターン:EV関連売上による粗利○万円」——こうした計算を経営者と共有することで、人材投資の妥当性が説明できます。
地域のサプライチェーン全体で人材を育てる
群馬の自動車部品産業は、一社だけで成り立っているのではありません。サプライチェーン全体が連動しています。EVシフトへの対応も、個社の取り組みだけでなく、地域全体での取り組みが重要です。
同業他社との合同研修。
EV関連の技術研修を、複数の部品メーカーが合同で実施することで、一社あたりのコストを抑えながら質の高い研修を実現できます。太田市の工業団地では、4社が合同でEV関連技術の勉強会を月1回開催している事例があります。
大学・研究機関との連携強化。
群馬大学の理工学部や、前橋工科大学との連携により、EV関連技術の共同研究や、学生のインターンシップ受入を通じた将来の採用パイプラインの構築が可能です。
行政の支援策の活用。
群馬県は、自動車産業のEVシフト対応を支援する施策を展開しています。補助金、技術相談、人材育成支援——こうした行政の支援を最大限に活用することも、中小企業にとっては重要な戦略です。
変化の中でも変わらない「ものづくりの本質」
EVシフトという大きな変化の中にあっても、変わらないものがあります。それは、「良い製品を作りたい」という技術者の情熱と、「顧客の期待に応えたい」という事業への姿勢です。
群馬の自動車部品メーカーが長年培ってきた精密加工技術、品質管理の文化、顧客との信頼関係——これらは、EV時代においても価値を失いません。むしろ、EV部品の製造にも同様の精度と品質が求められるからこそ、群馬のものづくりの力が活きるのです。
人材戦略の再構築は、この「変わらない強み」を土台にして、「変わるべきスキル」を積み上げていく作業です。技術者一人ひとりが「自分の力はEV時代にも通用する」と確信を持てるように、組織として支え、育てる。その仕組みを今から本気で作っていくこと。それが、群馬の自動車部品メーカーがEV時代を生き抜くための、最も確実な道だと私は考えています。
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