北関東の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法
育成・研修

北関東の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法

#研修#組織開発#経営参画#離職防止#データ活用

北関東の老舗企業が事業承継と人材承継を同時に進める方法

「会社は息子に継がせるつもりだけど、うちの番頭さんが辞めたら会社は回らないよ」——北関東のある老舗製造業の社長が、こうつぶやいたことがあります。事業承継という言葉は、多くの場合「誰が社長を継ぐか」という株式や経営権の話として語られます。しかし、事業承継の本質は、「会社の価値を次の世代に引き継ぐ」ことであり、その「価値」の中で最も重要なのは「人」です。

北関東には、創業50年、100年を超える老舗企業が数多く存在します。群馬の織物関連企業、栃木の醸造業や伝統工芸の企業、茨城の農業関連企業や製造業——こうした老舗企業の多くが、今まさに事業承継のタイミングを迎えています。

中小企業庁のデータによると、経営者の平均年齢は年々上昇し、後継者不在率も高い。北関東も例外ではありません。しかし、後継者が決まっていても、「後継者以外の人材」の承継が見落とされているケースが非常に多い。社長が交代しても、取引先との関係を維持している営業部長、製造技術の要である工場長、経理を一手に引き受けている管理部長——こうした「キーパーソン」が同時期に退職したら、会社はどうなるか。

今回は、北関東の老舗企業が、事業承継と人材承継を同時並行で進めるための方法を考えます。


「社長交代」だけでは事業は継げない

事業承継の議論は、「誰が次の社長になるか」に集中しがちです。しかし、社長が交代しただけでは、事業は継続できません。

継承すべき「5つの資産」。

事業承継で引き継ぐべき資産は、大きく5つあります。

第1の資産:経営権(株式、代表権)。これは法的・財務的な手続きで移転できます。

第2の資産:取引先との関係。主要な顧客や仕入先との信頼関係は、特定の個人に紐づいていることが多い。

第3の資産:技術・ノウハウ。製品やサービスの品質を支える技術は、ベテラン社員の頭の中にあることが多い。

第4の資産:組織文化。「うちの会社はこういう会社だ」という価値観、仕事の進め方、暗黙のルール。

第5の資産:人材そのもの。社員の能力、経験、モチベーション。

このうち、第1の資産は弁護士や税理士の支援で移転できます。しかし、第2から第5の資産は、「人」を介してしか引き継げません。つまり、事業承継とは「人材承継」そのものなのです。


北関東の老舗企業に特有の課題

北関東の老舗企業が事業承継と人材承継を進める際に、地域特有の課題があります。

課題1:「番頭」文化の属人化。

北関東の老舗企業には、社長の右腕として長年会社を支えてきた「番頭」的存在がいることが多い。工場長、営業部長、経理責任者——一人で複数の役割を兼ねている場合もあります。この「番頭」に業務と情報が集中しているため、番頭の退職は会社に致命的な影響を与えます。

前橋市のある老舗織物企業では、創業家の社長交代と同時期に、40年勤めた工場長が引退することになりました。工場長の頭の中にある織物の技術、取引先との関係、原料の選定基準——これらが文書化されていなかったため、引退の1年前から急遽「技術の棚卸し」を始めなければなりませんでした。

課題2:後継者と既存社員の関係構築。

特に、親族内承継の場合、「先代の息子(娘)が新社長」として入ってくることに、既存社員が複雑な感情を抱くことがあります。「先代は現場を知っていたが、新社長は何もわかっていない」——こうした不信感が、事業承継後の組織の混乱を招くリスクがあります。

課題3:承継期のキーパーソンの離職。

社長交代という変化のタイミングで、「この先どうなるかわからない」と不安を感じたキーパーソンが離職するリスクがあります。特に、先代社長との個人的な信頼関係で会社に残っていた社員が、先代の引退を機に辞めるケースは少なくありません。


人材承継の「3つの柱」

人材承継を計画的に進めるための3つの柱を提案します。

柱1:キーパーソンの特定と引き留め。

まず、事業の継続に不可欠な「キーパーソン」を特定します。「この人がいなくなったら、何が困るか」を具体的にリストアップします。

キーパーソンの特定基準:

  • その人しかできない業務がある
  • 重要な取引先との関係を担っている
  • 技術やノウハウの核心を握っている
  • 組織のまとめ役として機能している

キーパーソンが特定できたら、その人に対して「あなたは会社にとって不可欠な存在である」ということを明確に伝え、承継期を乗り越えるまで協力を求めます。報酬面での配慮(特別手当、退職金の上乗せなど)も検討します。

高崎市のある老舗食品メーカーでは、事業承継に際して、3人のキーパーソン(工場長、営業部長、品質管理責任者)に対して、「承継完了後3年間の在籍を条件とした特別ボーナス」を提示しました。3人全員が合意し、承継期の安定した運営に大きく貢献しています。

柱2:暗黙知の形式知化。

キーパーソンが持つ知識やノウハウを、組織として共有可能な形に変換します。

具体的な方法:

  • 業務マニュアルの作成(特に、「なぜそうするか」の判断基準を含む)
  • 取引先との関係性の記録(担当者名、取引の経緯、注意事項など)
  • 技術ノウハウの動画記録
  • 定期的な「ナレッジ共有会」の開催
  • 後継者の「シャドウイング」(キーパーソンに同行して業務を観察する)

栃木のある醸造メーカーでは、杜氏(とうじ)が持つ醸造技術を次世代に継承するために、2年間かけて「醸造日誌」のデジタル化と動画記録を行いました。「温度の微調整」「麹の状態の見極め」など、言葉では伝えにくい感覚的な技術を、動画とデータで記録。後継の若手杜氏は、この記録を繰り返し見ながら技術を学んでいます。

柱3:次世代人材の育成。

キーパーソンの「後継者」を計画的に育成します。社長の後継者だけでなく、各部門のキーパーソンの後継者も同時に育てる必要があります。

育成のポイント:

  • キーパーソンとのペアリング(OJT)を最低2年間実施する
  • 段階的に権限を委譲し、「自分で判断する経験」を積ませる
  • 外部研修や業界の交流会に参加させ、視野を広げる
  • 新社長との関係構築の機会を意図的に作る

事業承継期のコミュニケーション設計

事業承継は、組織にとって大きな変化です。変化に伴う不安を最小限にするためのコミュニケーション設計が重要です。

承継計画の早期共有。

事業承継の計画を、できるだけ早い段階で社員に共有します。「ある日突然、社長が交代」では、社員に衝撃が大きい。「3年後に○○が社長を引き継ぐ予定です。それまでの間、段階的に引き継ぎを進めます」——この見通しが共有されることで、社員の不安が大幅に軽減されます。

新旧社長の「共同経営期間」の設定。

先代社長が即座に引退するのではなく、1年から2年の「共同経営期間」を設ける企業が増えています。この期間中、先代は会長や顧問として残り、新社長を支えながら、徐々に権限を移譲していきます。

水戸市のある建設会社では、先代社長が2年間の「顧問期間」を設け、新社長に同行して主要取引先を一緒に訪問し、「この取引先とは、こういう付き合い方をしている」という暗黙の関係性を伝えています。

社員との個別面談。

事業承継が公表された後、キーパーソンを含む主要社員と個別に面談し、不安や懸念を聞き取ります。「自分はこの会社に残れるのか」「新社長はどんな方針なのか」——こうした疑問に丁寧に答えることで、離職を防ぎます。


新社長が信頼を獲得するための人事施策

新社長にとって最も重要な課題は、既存社員からの信頼の獲得です。

現場に入る。

新社長が就任後すぐにやるべきことは、現場に足を運ぶことです。工場のラインに立つ、営業同行する、倉庫の作業を手伝う——「この人は現場をわかろうとしている」と社員に感じてもらうことが、信頼の第一歩です。

聴く姿勢を見せる。

就任直後に「自分のビジョン」を語りすぎると、「先代のやり方を否定するのか」と既存社員が反発するリスクがあります。まず半年は「聴く」に徹し、社員一人ひとりの話を聞き、現状を理解してから、自分のビジョンを語り始める。この順番が大切です。

先代のレガシーを尊重する。

先代社長が築いてきたもの——企業文化、取引先との関係、地域との結びつき——を尊重する姿勢を明確にします。「先代が築いたものを大切にしながら、その上に新しい価値を積み上げたい」——このメッセージは、既存社員の安心感につながります。

茨城のある老舗食品企業では、3代目の新社長が就任後最初の3ヶ月で、全社員60名全員と1対1の面談を実施しました。「この会社の良いところは何ですか?」「変えたほうがいいと思うことはありますか?」——この2つの質問を全員に聞いた結果、社員の声をもとにした「最初の改善アクション」が生まれ、「新社長は自分たちの声を聴いてくれる」という信頼が醸成されました。


経営数字で見る事業承継の人材リスク

事業承継に伴う人材リスクを、経営数字で把握しましょう。

キーパーソンの離職コスト。

キーパーソンが離職した場合の影響額を試算します。「この営業部長がいなくなったら、年間○千万円の取引が失われるリスクがある」「この工場長がいなくなったら、生産効率が○%低下し、年間○万円の損失が出る」——こうした試算は、キーパーソンの引き留めに投資すべき金額の判断基準になります。

承継期の離職率。

事業承継の前後で、離職率がどう変化するかを追跡します。承継期に離職率が上がるようであれば、コミュニケーションの不足や社員の不安への対応が不十分である可能性があります。

取引先の継続率。

事業承継後に、取引先との関係が維持されているかを確認します。取引先の継続率の低下は、「人材の承継」が不十分であったことを示すシグナルです。


事業承継は「人」の承継

北関東の老舗企業が長年にわたって築いてきた価値——技術、信用、人間関係、地域との結びつき——これらはすべて「人」の中に蓄積されています。株式や不動産は書類一枚で移転できますが、「人」が持つ無形の資産は、時間をかけて丁寧に引き継がなければなりません。

事業承継と人材承継を同時に進めること。それは、「会社の過去」を尊重しながら、「会社の未来」を作る作業です。先代が育てた人材を大切にしつつ、次の世代の人材を育てる。この両輪を回すことが、北関東の老舗企業が100年先も地域に根ざして事業を続けるための基盤になると、私は信じています。

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