
群馬の自動車関連企業が技術者を確保するための採用ブランディング
目次
群馬の自動車関連企業が技術者を確保するための採用ブランディング
「スバルがあるから大丈夫」——群馬の自動車関連企業の採用担当者から、こんな言葉を聞いたことがあります。太田市を中心としたスバルの企業城下町には、数百社のサプライヤーが集積しています。この地域にいれば、自動車産業の仕事は自然と回ってくる。だから、人も自然と集まるだろう、と。
しかし、現実はそう甘くありません。私がこの10年で北関東の自動車関連企業を50社以上支援してきた中で見えているのは、「スバルがあるから」という安心感が、かえって自社の採用ブランディングを遅らせているという構造的な問題です。
技術者の採用が年々難しくなっている。それは群馬に限った話ではありませんが、群馬の自動車関連企業には、この地域ならではの課題と、この地域だからこそ活かせる武器があります。今回は、群馬の自動車関連企業が技術者を確保するために、何をどう考え、どう動くべきかを、経営数字の視点から整理していきます。
スバル城下町の採用構造を正直に見つめる
群馬県太田市周辺は、日本有数の自動車産業集積地です。スバル(旧・富士重工業)の本工場をはじめ、一次サプライヤー、二次サプライヤー、さらにはそこに紐づく金型・治具メーカー、表面処理業者、検査機器メーカーまで含めれば、地域全体がひとつの巨大なサプライチェーンを形成しています。
この集積は確かに強みです。取引先との地理的近接性は品質管理やリードタイムの面で大きな利点がありますし、産業インフラが整っていることは技術者にとっても魅力的な環境のはずです。
しかし、採用の観点からこの構造を見ると、別の側面が浮かび上がります。
同業種・同職種の人材獲得競争が激しい。
太田市とその周辺には、似たような規模の自動車関連企業がひしめいています。求めている技術者のプロフィールも重なりやすい。NC旋盤のオペレーター、品質管理の担当者、生産技術のエンジニア——同じ人材プールを、何十社もの企業が取り合っている状態です。
以前、太田市のある二次サプライヤーの社長がこんなことを言っていました。「うちが欲しい人材は、隣の会社も欲しい。で、隣の会社のほうがちょっとだけ給料がいい。それだけで負ける」と。この「ちょっとだけの差」の積み重ねが、中小サプライヤーの採用を苦しくしています。
完成車メーカーへの人材流出。
もうひとつの構造的問題は、スバル本体やその直系の一次サプライヤーへの人材流出です。二次・三次サプライヤーで経験を積んだ技術者が、より安定した待遇を求めてティアの上位に移っていく。これは経済合理性の面では自然な流れですが、中小企業にとっては育てた人材を失うという痛手です。
ある精密部品メーカーでは、入社3年目から5年目の技術者の離職率が30%を超えていました。退職理由を丁寧にヒアリングしてみると、給与差は月額2〜3万円程度。それだけなら踏みとどまる人もいたかもしれませんが、「この先のキャリアが見えない」という不安が決め手になっていたのです。
「技術者が見ているもの」を理解する
技術者の採用ブランディングを考える前に、技術者が仕事を選ぶときに何を見ているのかを正確に理解する必要があります。人事部門が想定している「求職者が重視するポイント」と、実際に技術者が重視しているポイントには、しばしばズレがあります。
技術者が見ているのは「何を作っているか」ではなく「どう作っているか」。
多くの企業が採用ページで「当社はこんな製品を作っています」とアピールします。しかし、技術者が本当に知りたいのは、その製品をどういう技術で、どういう設備で、どういうプロセスで作っているのか、です。
群馬のある部品メーカーで、私が採用ページの改善を支援した時のことです。従来の採用ページには「自動車用精密部品の製造」としか書かれていませんでした。これを「5軸マシニングセンタを使った、公差±0.005mmの精密加工」「量産前の試作段階から完成車メーカーと共同で工程設計を行う」という記述に変えたところ、応募者の質が明らかに変わりました。技術者は、具体的な技術レベルに反応するのです。
キャリアの「奥行き」があるかどうか。
技術者にとってのキャリアの魅力は、「今の仕事が面白いか」だけではありません。「5年後、10年後にどういう技術者になれるか」という奥行きが見えるかどうかが重要です。
中小の自動車部品メーカーでは、入社後ずっと同じラインで同じ作業を続けるイメージを持たれがちです。しかし実際には、中小企業のほうが多能工化が進んでいて、複数の工程を経験できる環境があることも多い。この「技術的な幅の広がり」を、明確にキャリアパスとして示すことが大切です。
ある従業員80人規模の部品メーカーでは、技術者のキャリアパスを「多能工ステージ」「専門深化ステージ」「技術マネジメントステージ」の3段階で可視化しました。入社3年目までは意図的に複数の工程をローテーションさせ、4年目以降は本人の志向に応じて専門性を深めるか、マネジメントに進むかを選べるようにした。これにより、技術者の定着率が改善しただけでなく、中途採用の面接でも「こういうキャリアパスがあるなら」と前向きな反応が増えました。
事業の将来性を「技術の言葉」で語れるか。
EV化、CASE、カーボンニュートラル——自動車産業は大きな変革期にあります。この変化を、技術者は敏感に感じ取っています。「うちの会社は大丈夫なのか」「10年後も仕事があるのか」という不安は、転職を考える大きなきっかけになります。
逆に言えば、事業の将来性を技術者に伝えられる企業は、採用で大きなアドバンテージを持ちます。ただしここで注意が必要なのは、経営者の言葉をそのまま伝えるのではなく、「技術の言葉」に翻訳することです。
「EV化に対応します」では漠然としすぎている。「内燃機関向けの精密加工技術を、バッテリーケースの軽量化加工に転用する研究を始めている」「熱処理技術をモーター部品の耐久性向上に応用する計画がある」——こういった具体性が、技術者の心を動かします。
採用ブランディングを「経営数字」から設計する
ここからが本題です。採用ブランディングという言葉は耳触りがいいですが、具体的に何をどうすればいいのかがわかりにくい。私がいつも提案するのは、「経営数字から逆算して設計する」というアプローチです。
まず「採用の経済的インパクト」を可視化する。
技術者が1人採用できないことで、事業にどれだけの影響があるのか。これを数字にすることが最初のステップです。
たとえば、NC旋盤のオペレーターが1人不足しているとします。そのラインの月間生産額が500万円で、人員不足により稼働率が80%に下がっているなら、月間100万円の機会損失が発生しています。年間で1,200万円。採用にかかるコスト——求人広告費、エージェント手数料、面接にかかる工数——と比較すれば、適切な投資水準が見えてきます。
太田市のあるサプライヤーでは、この計算をした結果、「技術者1人の採用に年間200万円まで投資しても、半年で回収できる」という結論に至りました。それまで「採用にそんなにお金をかけられない」と言っていた社長の判断が変わったのは、数字で事業影響を示したからです。
ターゲットを絞り込む。
採用ブランディングで失敗するパターンの多くは、「なるべく多くの人に魅力を伝えよう」とすることです。しかし、全方位に向けたメッセージは誰にも刺さりません。
自社が本当に必要な技術者はどういう人物像なのか。年齢は何歳くらいか。どんな経験を持っているか。今どこで何をしているか。どんな情報を見て、何を基準に転職先を選ぶのか。このペルソナを具体的に描き切ることが、ブランディングの出発点です。
群馬の自動車関連企業であれば、ターゲットは大きく3つに分かれることが多い。
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地元出身の若手(20代後半〜30代前半):東京や愛知で経験を積み、地元に戻りたいと考えている層。スバル関連の仕事があることは知っているが、個々の中小企業の情報は持っていない。
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同業他社からの転職希望者(30代〜40代前半):技術力はあるが、今の会社でのキャリアに行き詰まりを感じている層。「もっと幅広い技術に触れたい」「マネジメントに挑戦したい」という動機が強い。
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異業種からの転換者(20代〜30代):半導体、電子部品、工作機械など、隣接する製造業からの転職希望者。自動車産業の将来性に関心がある層。
それぞれに響くメッセージはまったく異なります。全員に同じ求人票を見せても意味がない。ターゲットごとに、使う言葉、伝える情報、使うチャネルを変える必要があります。
社員の「リアルな声」をコンテンツにする。
技術者に最も響くのは、同じ技術者の言葉です。人事部門が作った洗練されたメッセージよりも、現場の技術者が「うちの会社はこういうところが面白い」と語る言葉のほうが、はるかに信頼されます。
具体的には、技術者インタビューの動画や記事を作ること。ただし、「入社してよかったです」「やりがいがあります」という表面的な内容では効果がありません。「入社1年目はこの工程を担当して、3年目にはこういう難しい案件を任されて、今はこんな技術に挑戦している」という具体的なキャリアストーリーを語ってもらうことが重要です。
太田市のある企業では、四半期に一度、技術者が「今取り組んでいる技術的な挑戦」をブログ形式で発信する取り組みを始めました。最初は乗り気でなかった技術者たちも、記事を読んだ候補者から「あの記事を見て応募しました」と言われるうちに、発信のモチベーションが高まっていったそうです。月間のブログPVは決して大きくありませんが、応募者の「質」が明らかに変わったと人事担当者は言います。
地域ならではの採用チャネルを最大化する
群馬の自動車関連企業が活用できる採用チャネルは、大手の求人サイトやエージェントだけではありません。地域ならではのチャネルを戦略的に使いこなすことが、中小企業の採用力を底上げします。
工業高校・高専との連携。
群馬県内の工業高校——太田工業高校、前橋工業高校、高崎工業高校など——は、技術者の重要な供給源です。しかし、「求人票を出すだけ」の企業がまだ圧倒的に多い。
本気で工業高校からの採用を強化したいなら、3年計画で関係を作る覚悟が必要です。1年目は工場見学の受け入れと出前授業への参加。2年目はインターンシップの受け入れ。3年目にようやく採用実績につなげる。この「待てる姿勢」が、学校側との信頼関係を作ります。
ある部品メーカーでは、太田工業高校の機械科の授業に、自社の技術者が年に3回「特別講師」として参加する取り組みを5年間続けています。直接的な採用には結びつかない年もありますが、学校の進路指導の先生から「うちの生徒に紹介したい企業」として名前が挙がるようになり、結果として5年間で8名の新卒技術者を採用できました。工業高校の機械科の学年あたりの生徒数を考えれば、これは非常に高い獲得率です。
ものづくりイベント・技術展示会の活用。
群馬県内や北関東圏で開催される技術展示会やものづくりイベントは、企業の技術力を直接アピールできる場です。ビジネスマッチングが主目的の展示会でも、「こんな技術を持っている会社があるのか」という認知を技術者コミュニティに広げる効果があります。
ある金型メーカーでは、展示会のブースに「採用コーナー」を設けるのではなく、技術者が自社の技術を熱く語る「技術プレゼン」を実施しました。直接的な採用目的を前面に出さないことで、来場者との自然な接点が生まれ、後日「あの時の技術に興味があるのですが、御社で働くことはできますか」という問い合わせが複数件あったそうです。
リファラル採用の仕組み化。
技術者コミュニティは意外と狭い。前職の同僚、学校時代の同級生、業界の勉強会で知り合った仲間——こうしたネットワークを通じた紹介は、マッチングの精度が高く、定着率も高い傾向にあります。
ただし、リファラル採用を「社員に友達を紹介してもらう」という程度に留めていては、仕組みとして機能しません。紹介のプロセスを明確にし、紹介者へのインセンティブを設計し、紹介された候補者への丁寧な対応フローを作る。そして何より、「紹介したくなる会社」であることが大前提です。社員が「自分の知り合いに自信を持って勧められる職場かどうか」——これは、自社の組織力の試金石でもあります。
「給与で負ける」問題とどう向き合うか
群馬の中小自動車関連企業が避けて通れないのが、「給与水準で大手や都市部企業に負ける」という問題です。
これに対して「給与以外の魅力で勝負する」とよく言われますが、正直に言えば、それだけでは不十分です。給与が明らかに低い状態で「やりがい」や「アットホームさ」を訴えても、経済合理性の前では説得力を持ちません。
まず必要なのは、自社の給与水準を「事業の生産性」から見直すことです。売上高人件費率、労働分配率、一人当たり付加価値額——こうした指標を使って、自社の給与水準が事業の実力に見合っているかどうかを検証する。「払えないから低い」のか、「払えるのに低い」のかで、打ち手はまったく異なります。
私が支援した伊勢崎市の自動車部品メーカーでは、一人当たり付加価値額が業界平均を上回っているにもかかわらず、給与水準は平均以下でした。つまり、「払えるのに払っていなかった」のです。利益の一部を賃上げに回すことを経営者に提案し、基本給を月額1.5万円引き上げたところ、翌年の中途採用の応募数が1.8倍になりました。内定辞退率も下がった。投資対効果としては極めて高い施策でした。
一方で、「これ以上の賃上げは事業構造上難しい」という企業もあります。その場合は、総報酬(トータルリワード)の設計で差別化を図る。通勤手当の充実(群馬は車通勤が基本なので、ガソリン代補助や駐車場無料は実質的な手取り増になる)、住宅手当の新設、技術資格取得時の報奨金制度、退職金制度の充実——こうした要素を組み合わせることで、月額給与だけでは見えない「実質的な待遇の良さ」を訴求できます。
EV化時代の技術転換を「採用の武器」にする
自動車産業のEV化は、群馬の部品メーカーにとって脅威であると同時に、採用においては武器にもなります。
内燃機関向けの部品は将来的に需要が減少する。しかし、EVにはEVの新しい部品需要がある。バッテリーケース、モーター部品、パワーエレクトロニクス関連の精密加工——これらの新しい技術領域に挑戦している企業は、技術者にとって魅力的な選択肢です。
重要なのは、「EV化で変わりゆく自動車産業の中で、自社がどういうポジションを取ろうとしているのか」を、技術者に対して明確に語れるかどうかです。
太田市のある部品メーカーでは、「既存の精密加工技術をEV部品にどう転用するか」をテーマにした社内技術研究会を月に一度開催しています。この取り組みを採用サイトで紹介したところ、「自分もこの技術転換に参加したい」という動機で応募してくる技術者が増えました。不確実な未来に対して正直に向き合い、その中で挑戦を続ける姿勢そのものが、技術者への最大のブランディングになっているのです。
群馬の自動車関連産業は、変化の真っ只中にあります。その変化を恐れるのではなく、変化の中にある可能性を言語化し、技術者に伝える。それが、これからの時代の採用ブランディングの核心です。
採用ブランディングの効果測定と継続
最後に、採用ブランディングは「やって終わり」ではなく、効果を測定し、継続的に改善するものだという点を強調しておきたい。
測定指標としては以下が有効です。
- 認知指標:採用サイトのアクセス数、SNSのフォロワー数、技術ブログの閲覧数
- 応募指標:応募数の変化、応募経路の構成比、自社サイト経由応募の割合
- 選考指標:書類通過率、面接通過率、内定承諾率
- 定着指標:入社1年以内の離職率、入社3年以内の離職率
これらの指標を四半期ごとに確認し、どの施策が効いているのか、どこにボトルネックがあるのかを分析する。数字に基づいた改善サイクルを回すことで、採用ブランディングは「なんとなく良くなった気がする」ものから、「投資対効果が見える経営施策」に変わります。
私がこれまで支援してきた群馬の自動車関連企業の中で、採用に成功している企業に共通しているのは、「採用を人事の仕事にしていない」ということです。経営者が事業戦略の一部として採用を語り、現場の技術者が自分の言葉で仕事の魅力を発信し、人事がそれを仕組みとして回す。この三位一体ができている企業は、地方の中小企業であっても、必要な技術者を確保できています。
群馬の自動車産業は、日本のものづくりを支える重要な基盤です。その基盤を次の世代に引き継いでいくために、技術者の採用ブランディングは避けて通れないテーマです。経営数字から発想し、技術者の目線に立ち、地域の強みを活かす。その地道な取り組みの先に、「この会社で技術を磨きたい」と思ってもらえる未来があると、私は信じています。
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