
北関東の中小企業が東京に人材を取られない組織づくり
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北関東の中小企業が東京に人材を取られない組織づくり
「東京に負ける」——北関東の中小企業の経営者や人事担当者と話していると、この言葉が何度も出てきます。新卒で採用した若手が3年で東京の企業に転職する。中途採用で内定を出しても、東京の企業と天秤にかけられて辞退される。いい人材ほど東京に吸い上げられていく。
北関東——群馬、栃木、茨城——は、東京まで電車で1〜2時間という「微妙な距離感」の地域です。東北や九州ならば、東京で働くことは「引っ越し」を意味しますが、北関東なら通勤圏内。湘南新宿ラインや上野東京ライン、つくばエクスプレスの沿線に住んでいれば、毎日東京に通うことも不可能ではない。この地理的条件が、人材流出の構造的な原因になっています。
しかし、私が500社以上の企業を支援してきた経験から言えるのは、「東京に負ける」のは立地のせいだけではない、ということです。組織の作り方次第で、東京に人材を取られない会社は作れます。ただし、それは「東京と同じことをする」ことではありません。北関東ならではの強みを活かした、独自の組織づくりが必要です。
「なぜ東京に行くのか」の本当の理由を知る
東京に人材が流出する理由を、多くの経営者は「給与が高いから」と考えています。確かに給与は大きな要因のひとつですが、それだけではありません。
私がこれまで北関東の企業から東京の企業に転職した人たち30人以上にヒアリングした中で見えてきた「本当の理由」は、大きく4つに分類できます。
理由1:キャリアの選択肢が見えない。
「今の会社にいても、5年後の自分が想像できない」——これが最も多かった転職理由です。北関東の中小企業では、キャリアパスが明確でないことが多い。「頑張っていればそのうち課長になれる」という曖昧な将来像しか示せない。東京の企業、特に一定規模以上の企業では、等級制度やキャリアラダーが整備されていて、「次に何を目指せばいいのか」が明確です。この「見通しの良さ」に惹かれて転職するケースが非常に多い。
理由2:学びの機会が少ない。
東京には、セミナー、勉強会、カンファレンス、業界交流会——学びの機会が溢れています。北関東にいると、同じようなイベントに参加するためにわざわざ東京まで出なければならない。「自分が成長できる環境は東京にある」と感じてしまうのです。
理由3:仕事の「規模感」が違う。
北関東の中小企業では、担当する仕事の規模やインパクトがどうしても限られます。東京の企業であれば、より大きなプロジェクト、より多くの顧客、より広いマーケットに関われる。「もっと大きな仕事がしたい」という野心を持つ人材にとって、東京は魅力的です。
理由4:「ここにいてもいいのか」という漠然とした不安。
これは意外と見落とされがちな理由ですが、「北関東の中小企業にいることが、自分のキャリアにとってマイナスになるのではないか」という不安を抱えている若手は少なくありません。同世代が東京で華やかに働いている姿をSNSで見て、焦りを感じる。この「取り残されている感覚」が、転職のきっかけになっています。
「東京と戦わない」という戦略
ここで重要なのは、「東京と同じ土俵で戦わない」という発想の転換です。
給与で東京に勝とうとすれば、コスト構造が持ちません。学びの機会の量で東京に勝とうとすれば、地理的な制約に阻まれます。仕事の規模で東京に勝とうとすれば、マーケットの差が立ちはだかります。
戦うべきは「土俵」そのものを変えることです。東京にはない、北関東の中小企業だからこそ提供できる「働く価値」を明確にし、それに共感する人材を惹きつける。これが、人材を取られない組織づくりの核心です。
「裁量の大きさ」を武器にする。
中小企業の最大の強みは、一人ひとりの裁量が大きいことです。東京の大企業では、若手が意思決定に関わるまでに何年もかかる。しかし、従業員50人の中小企業であれば、入社2〜3年目で事業の中核を担うポジションに就くことも珍しくありません。
前橋市のある機械メーカーでは、入社3年目の若手社員が新規事業のプロジェクトリーダーに任命されました。東京の大企業なら考えられないスピードです。その若手社員は「こんなに早く自分の判断で仕事を動かせる環境は、東京では得られなかった」と語っています。
ただし、この「裁量」は自然に生まれるものではありません。意図的に設計する必要があります。「任せる文化」を作るためには、失敗を許容する経営者の姿勢と、失敗からの学びを組織知にするための仕組みが必要です。
「生活の質」を数字で見せる。
北関東の生活コストは、東京に比べて圧倒的に低い。家賃、食費、子育てのコスト——月額の生活コストで比較すると、北関東は東京より5〜10万円低いケースが多い。これは実質的な「手取り」が5〜10万円多いのと同じです。
しかし、この事実を「なんとなく」伝えるだけでは効果が薄い。具体的な数字で見せることが重要です。「宇都宮市の3LDKの家賃相場は月額7万円。東京23区内なら同じ間取りで15万円以上。その差額8万円を年間で計算すると、96万円の差になります」——こうした具体的な比較が、合理的な判断材料になります。
さらに、通勤時間の差も大きい。北関東なら自宅から職場まで車で20分。東京なら満員電車で1時間以上。往復で1日2時間の差がある。年間で約500時間。この時間を、家族と過ごす時間、自己研鑽の時間、趣味の時間に使えるとしたら、それは「報酬」の一部です。
「事業への手触り感」を提供する。
中小企業では、自分の仕事が事業にどう影響しているかが直接見えます。自分が改善した工程が生産性を上げた、自分が提案した新製品が顧客に受け入れられた——こうした「手触り感」は、大企業の歯車のひとつとして働くことでは得られないものです。
高崎市のある食品加工会社では、若手社員に「自分の仕事が売上にどう貢献しているか」を月次で共有する仕組みを作りました。「あなたが改善した包装ラインの効率化で、月間の生産量が5%増えた。売上に換算すると月額120万円の増収です」——こういった具体的なフィードバックが、仕事のやりがいと自社への帰属意識を高めます。
「学びの仕組み」を社内に作る
東京に人材が流出する理由の2番目に挙げた「学びの機会」について、北関東の企業がどう対応するか。
社内勉強会の制度化。
東京のセミナーに頻繁に参加できなくても、社内で学びの場を作ることはできます。月に1回、業務時間内に「技術勉強会」や「ビジネス読書会」を実施する。外部講師を招くだけでなく、社員が持ち回りで発表する形式にすれば、「教えることで学ぶ」効果も得られます。
栃木のある電子部品メーカーでは、毎週金曜日の夕方1時間を「学びの時間」として制度化しました。社員が自由にテーマを選んで調べ、10分間のプレゼンを行う。技術的なテーマもあれば、マーケティングや財務の基礎知識もある。この取り組みを3年間続けた結果、社員の自主学習の習慣が定着し、「この会社にいても成長できる」という実感が広がりました。
オンライン学習の費用補助。
現在は、オンラインで質の高い学習コンテンツにアクセスできる時代です。UdemyやCoursera、各種のeラーニング——こうしたオンライン学習の費用を会社が補助する制度は、低コストで高い効果が期待できます。年間一人あたり3〜5万円の補助で、社員の成長意欲に応えることができます。
東京での学びの機会を「出張」として支援する。
東京のカンファレンスや業界イベントに参加したいという社員に対して、業務出張として認め、参加費と交通費を会社が負担する。これは金額としては大きくありませんが、「会社が自分の成長を支援してくれている」という信頼につながります。
茨城のあるIT企業では、「四半期に1回、業務に関連する東京のイベントに参加できる制度」を設けています。条件は、参加後に社内で報告すること。この報告が、他の社員にとっての学びにもなり、一石二鳥の効果を生んでいます。
「帰属意識」を育てる組織設計
東京に人材を取られない組織の根底にあるのは、社員の「帰属意識」です。これは単なる「愛社精神」ではなく、「この組織にいることが自分にとって意味がある」という合理的な判断です。
経営の透明性を高める。
中小企業の社員が帰属意識を持つために重要なのは、経営の透明性です。会社がどういう状況にあるのか、どこに向かおうとしているのか、自分の仕事がそのなかでどんな位置づけにあるのか——これらが見えていることで、「自分はこの組織の一員だ」という実感が生まれます。
具体的には、月次の業績を全社員に共有すること。売上、利益、主要な受注状況、今後の見通し——経営者しか知らない情報を、できる範囲で開示する。「社員に見せたくない数字もある」という経営者の気持ちはわかりますが、社員は想像以上に「知りたがっている」のです。
前橋市のある印刷会社では、毎月第一月曜日に全社員を集めて「経営報告会」を実施しています。社長自ら、前月の業績と今月の見通しを15分で説明する。良い数字も悪い数字も隠さない。この取り組みを始めてから、社員から「うちの会社はいい会社だけど、儲かっているのかどうかわからないから不安だった」という声が出なくなりました。
「横のつながり」を設計する。
中小企業では、部署を超えた交流が自然発生的に起こることもありますが、それに頼るだけでは不十分です。意図的に「横のつながり」を作る仕組みが必要です。
部署横断のプロジェクトチーム、社員旅行や懇親会、部活動やサークル活動——形式は何でもいいのですが、「普段の業務では関わらない人と話す機会」を定期的に作ることが、組織の一体感を高めます。
社員の「ライフイベント」に寄り添う。
北関東で働く社員にとって、結婚、出産、子育て、親の介護——こうしたライフイベントは大きな転機です。このとき、会社がどれだけ柔軟に対応できるかが、定着を左右します。
「子どもが小さいうちは時短勤務ができる」「親の介護が必要になったら、一時的にリモートワークに切り替えられる」——こうした柔軟性は、大企業の制度としては存在しても、実際に使える雰囲気があるかどうかは別問題です。中小企業では、制度よりも「運用の柔軟さ」で勝負できる。社長や上司が個別の事情を理解し、柔軟に対応する。この「人間味のある組織」は、北関東の中小企業の大きな強みです。
「地域とのつながり」を組織の強みに変える
北関東の中小企業には、地域コミュニティとの強いつながりがあります。このつながりを、組織の強みとして再定義することが重要です。
地域貢献活動を「事業の一部」に位置づける。
地域の祭りへの参加、スポーツチームのスポンサー、地元の学校での出前授業——こうした活動を「ボランティア」ではなく、「事業ブランディングの一部」として位置づける。社員にとっては、「自分の会社が地域で信頼されている」という誇りにつながります。
水戸市のある建設会社では、社員が地元の小学校で「ものづくり体験教室」を年に4回開催しています。参加する社員は毎回希望制ですが、常に定員を超える応募があるそうです。「子どもたちに自分の仕事の面白さを伝えられることが、仕事のモチベーションになっている」と社員は言います。
地元のネットワークを「人材パイプライン」にする。
商工会議所、業界団体、地元の経営者同士のつながり——北関東の企業はこうしたネットワークが豊かです。このネットワークを、人材紹介や情報交換のチャネルとして意識的に活用することで、東京の大手求人サービスに頼らない独自の採用力を築けます。
「東京に行った人」を「帰ってくる人」にする
最後に、視点を変えてみたい。「東京に人材を取られない」ことだけが唯一の解ではありません。「一度東京に行った人が、戻ってくる組織」を作ることも、重要な戦略です。
退職者との関係を切らない「アルムナイネットワーク」を構築する。「いつでも戻ってきてほしい」というメッセージを伝え続ける。東京で経験を積んだ人材が、北関東に戻ってきたいと思った時に、最初に思い出す会社になること。
宇都宮市のある製造業では、退職者に年に2回、会社の近況報告を送っています。業績や新しい取り組み、社員の異動情報など。このニュースレターを読んで「やっぱりあの会社は面白いことをやっている」と思い、5年後に戻ってきた社員が、この10年間で3人います。数字としては小さいですが、東京で磨いた経験を持って帰ってきた人材は、組織にとって大きな財産です。
人材が東京に流出することを嘆くのではなく、北関東で働くことの価値を明確にし、その価値に共感する人材を惹きつけ、育て、定着させる。そして、一度離れた人材とのつながりを保ち続ける。この「守り」と「攻め」の両立が、北関東の中小企業が東京に人材を取られない組織づくりの本質です。
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