
北関東の建設業が人手不足を乗り越えるための人事戦略
目次
北関東の建設業が人手不足を乗り越えるための人事戦略
「現場に出られる人間がいない」——この言葉は、北関東の建設業にとって日常の風景になっています。受注はある。仕事はある。しかし、それをこなす人がいない。だから仕事を断らざるを得ない。売上を伸ばせる案件を、みすみす逃している。
北関東の建設業は、いくつかの構造的な特徴を持っています。北関東自動車道やつくばエクスプレスの延伸計画、各地の老朽インフラの更新、物流施設の新設ラッシュ——需要そのものは決して少なくありません。しかし、担い手の不足が深刻化しているのです。
私がこれまで建設業を中心に70社以上を支援してきた中で確信しているのは、人手不足の本質は「人がいない」ことではなく、「人が集まる仕組みがない」ことだということです。そして、その仕組みを作るのが人事の仕事です。
建設業は「3K」のイメージが根強い産業です。しかし、そのイメージを変えるのは、広報やPRだけの仕事ではありません。実態として「働きやすい職場」を作り、人が育ち、長く働ける組織を設計すること。これが、建設業の人手不足を根本から解決する唯一の道です。
建設業の人手不足を「数字」で見る
まず、北関東の建設業における人手不足の実態を数字で整理します。感覚ではなく数字で語ることが、経営者の危機意識を正確に喚起します。
建設業就業者の平均年齢は全産業中で最も高い水準にあります。55歳以上の就業者が全体の3分の1を超える一方、29歳以下は1割程度。今後10年で大量のベテランが引退することを考えると、技術の継承が間に合わない事態が現実味を帯びています。
北関東に限って言えば、状況はさらに厳しい面があります。若年層の東京流出に加えて、建設業自体の不人気が重なっている。高校生の就職先として建設業を選ぶ割合は、年々低下しています。
ある前橋市の土木会社では、5年前まで毎年2〜3名の新卒を採用できていましたが、直近3年間は採用ゼロが続いています。社長は「求人は出しているが、そもそも応募がない」と嘆いていました。
しかし、この状況を「業界全体の問題」と片付けてしまっては、何も解決しません。同じ北関東で、同じ建設業でも、毎年安定的に若手を採用できている企業があります。その違いは何か。人事の仕組みと、経営者の姿勢の違いです。
「待遇改善」の具体策を設計する
建設業の人手不足対策として、まず取り組むべきは待遇の改善です。ただし、単に「給料を上げる」だけでは不十分です。建設業の労働環境全体を見直す必要があります。
週休二日の実現。
建設業では、週休一日が未だに珍しくありません。しかし、他の産業で週休二日が当たり前になった今、週休一日の建設業は若手にとって選択肢に入りにくい。
「工期がある以上、休みは取れない」と言う経営者は多いですが、これは工期の設定や人員計画の問題であって、宿命ではありません。
宇都宮市のある建設会社では、3年かけて全現場で週休二日を実現しました。方法は、工程管理の精緻化と、元請けへの工期交渉です。最初は「そんなことをしたら仕事が回らない」と社内から反発がありましたが、週休二日を実現した後、採用応募数が2.5倍に増加。離職率も大幅に改善しました。生産性が落ちるのではないかという懸念は、結果的に杞憂に終わった。休息が十分に取れることで、一日あたりの作業効率がむしろ向上したのです。
日給月給制からの脱却。
建設業では日給月給制が一般的ですが、これは若手にとって大きな不安要因です。「雨で現場が止まったら収入が減る」「冬場は仕事が少なくて手取りが下がる」——月によって収入が変動する不安定さは、住宅ローンを組んだり、家庭を持ったりする上での障壁になります。
完全月給制への移行は、経営的には大きな判断です。しかし、人材確保のための投資として考えれば、十分に合理的です。日立市のある設備工事会社では、日給月給制から完全月給制に移行した際、年間の人件費は約8%増加しました。しかし、翌年の採用充足率が100%になり、離職率が半減したことで、採用コストと教育コストの削減分を含めると、トータルではプラスになっています。
資格取得支援と技能手当。
建設業には数多くの資格があります。施工管理技士、作業主任者、技能士——これらの資格取得を会社が全面的に支援する仕組みは、人材確保と育成の両面で効果があります。
具体的には、受験費用と教材費の全額補助、受験のための勉強時間の確保(試験前1ヶ月は残業禁止など)、合格時の報奨金支給、資格に応じた技能手当の支給——こうした仕組みを総合的に設計します。
群馬のある建設会社では、「資格取得ロードマップ」を作成し、入社から10年間でどの資格をどの順番で取得するかを示しています。1級施工管理技士を取得すると月額3万円の技能手当がつく。10年で取得できる資格の手当を合計すると、月額5〜7万円の手取り増になる。これは「この会社にいれば、自分の市場価値が上がる」という明確なメッセージです。
「技術継承」を仕組みにする
建設業の人手不足が深刻なのは、単に頭数が足りないからだけではありません。ベテランが持つ「技術」と「判断力」の継承が追いついていないことが、より深刻な問題です。
「暗黙知」を「形式知」にする取り組み。
現場のベテランは、図面を見れば施工の段取りが頭に浮かぶ。土を触れば地盤の状態がわかる。こうした暗黙知を、次の世代に伝えるための取り組みが必要です。
栃木のある土木会社では、ベテラン職長に「施工ノート」を書いてもらう取り組みを始めました。「この現場ではこういう地盤だったから、こういう段取りにした」「この工種ではこの順序で作業すると効率が良い」——日々の判断を記録し、若手が読める教材にする。
最初は「そんな面倒なこと」と渋っていたベテランも、若手が「あのノートを読んで、こうやったらうまくいきました」と報告してくれるようになると、書くモチベーションが上がったそうです。
「ペア制度」の導入。
若手とベテランをペアにして、一定期間一緒に現場を担当させる制度です。OJTの一種ですが、「ペア」として明確に位置づけることで、ベテラン側にも「教える責任」が生まれます。
茨城のある建築会社では、入社1年目は必ずベテラン職長のペアとして現場に入る仕組みを作りました。ペアの期間は1年間。その間、ベテランは若手に対して「見せる」「やらせる」「振り返る」の3ステップで技術を伝える。年間の育成計画もペアで策定し、四半期ごとに進捗を確認します。
この制度を導入してから5年。かつては「入社3年目でやっと一人前」と言われていたところが、「2年目の後半には一人で段取りが組める」レベルにまで育成のスピードが上がりました。
「建設業のイメージ」を変えるのは現場から
採用を増やすために「建設業のイメージを変える」ことの重要性はよく語られます。しかし、イメージチェンジは広報活動だけでは実現しません。実態が伴わなければ、採用してもすぐに辞められてしまいます。
ICT施工の導入を「採用の武器」にする。
ドローン測量、3次元データによる施工管理、ICT建機——こうした最新技術を導入している現場は、若手にとって魅力的です。「建設業=肉体労働」というイメージを覆す具体的な証拠になるからです。
太田市のある建設会社では、ICT施工の導入をきっかけに、採用のターゲットを工業高校の土木科だけでなく、情報系の学科にも広げました。「ドローンを操作して測量する」「3Dモデルで施工計画を立てる」——こうした業務内容を前面に出したところ、情報系の学生から応募が来るようになった。建設業と情報技術の融合は、採用の新しい可能性を開いています。
「きれいな現場」を標準にする。
整理整頓された現場、清潔なトイレ、快適な休憩所——「きれいな現場」は安全性の面でも重要ですが、採用の面でも大きな効果があります。現場見学に来た学生が最初に見るのは、現場の「清潔さ」です。
水戸市のある建設会社では、全現場で「5S活動」(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)を徹底しています。トイレは洋式の仮設トイレを標準装備し、休憩所にはエアコンと電子レンジを完備。これらの投資は現場一つあたり月額数万円のコスト増ですが、「この会社の現場はきれい」という評判が広がり、採用で有利に働いています。
多様な人材を活かす組織設計
建設業の人手不足を解決するためには、従来の「若手男性正社員」だけをターゲットにした採用では限界があります。多様な人材を活かせる組織設計が必要です。
女性技術者の活躍支援。
建設業における女性の就業者数は増加傾向にありますが、まだ全体の1割に満たない水準です。女性が働きやすい環境整備——更衣室やトイレの整備、育児との両立支援、ハラスメント防止——は、女性の採用を増やすための基本条件です。
宇都宮市のある設計事務所兼施工会社では、女性の施工管理技士が3名在籍しています。「女性だから」特別扱いするのではなく、全社員にとって働きやすい環境を整備した結果、女性も活躍できるようになった。具体的には、全現場での完全週休二日制、残業の上限管理、現場近くの宿泊施設の確保(通勤負担の軽減)——こうした取り組みは、性別を問わず全社員の満足度を高めています。
シニア人材の活用。
60歳以上のベテラン技術者は、体力的に現場の最前線に立つことは難しくても、施工計画の策定、品質管理のチェック、若手への技術指導——こうした役割で大きな価値を発揮できます。
定年後の再雇用制度を、「とりあえず雇い続ける」ではなく、「ベテランの知識と経験を組織に還元する仕組み」として再設計する。具体的には、「技術顧問」「安全指導員」「教育担当」といった専門的な役割を設け、適切な報酬を設定する。
外国人材との協働。
北関東の建設業では、外国人技能実習生や特定技能の在留資格を持つ外国人材が増えています。この流れは今後さらに加速するでしょう。外国人材が安全に、効率的に働ける環境を整備することは、人手不足対策の重要な柱です。
言語の壁を乗り越えるための多言語マニュアル、文化の違いを理解するための研修、外国人材のキャリア形成を支援する仕組み——こうした取り組みを体系的に進める必要があります。
経営数字で「人材投資」を正当化する
建設業の経営者に人事施策を提案すると、「そんなことにお金をかける余裕はない」と言われることが多い。しかし、人手不足で仕事を断っているコストを計算したことがあるでしょうか。
北関東のある建設会社で、人手不足により断った案件の総額を計算してもらったところ、年間で約8,000万円でした。その会社の売上高が5億円ですから、売上の16%を失っていたことになります。
仮に、年間500万円の投資で人材を2名確保でき、断っていた案件の半分を受注できるようになったとすれば、投資対効果は明白です。人材投資を「コスト」ではなく、「機会損失を回収するための投資」として提案することで、経営者の意識が変わります。
「地域の建設業」としての存在意義を再定義する
最後に、北関東の建設業が人材を惹きつけるための最も本質的な問いに向き合いたい。それは、「自社は何のために存在しているのか」です。
建設業は、地域のインフラを支える産業です。道路、橋、学校、病院、住宅——人々の生活の基盤を作っている。しかし、この「社会的意義」を社員に伝えている建設会社は意外と少ない。
「自分たちが作った橋を、毎日地元の人が渡っている」「自分たちが建てた校舎で、子どもたちが学んでいる」——こうした仕事の意味を、経営者が言葉にして社員に伝えること。そして、社員自身がその意味を実感できる場を設けること。
高崎市のある建設会社では、完成した建物の引渡し式に、施工に関わった全社員を招待しています。施主から「ありがとう」と言ってもらえるその瞬間が、社員にとっての仕事の原動力になる。「この感動があるから、建設業を続けている」と語る若手社員がいます。
人手不足の解決は、待遇改善や制度整備だけでは完結しません。「この仕事に誇りを持てるかどうか」——その根本的な問いに、経営者と人事が一緒に向き合うことが求められています。北関東の地域社会を支える建設業が、これからも人材を惹きつけ続けるために。
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